2008年08月06日

俳諧物語・鷹子の山辺の道―第一帖「蓮池」

 今度の松山での生活は、道後平野の中心部で松山市でいえば東温市との境界部、東部に位置した鷹子町という郊外に、始まっている。南には新旧の国道11号線が東西に並行して走って、その真ん中を伊予鉄横河原線も走っており、鷹子駅には徒歩5分という車でも電車でもこの上なく便利なところである。その上、新しい職場までは車で5分、歩いても20分余りで、六月頃のまだ暑さが穏やかな季節には散歩がてらに歩いたものだ。マンションの北側には、すぐそばに高縄山系が迫ってきており、すっかり緑に覆い尽くされている。

 その緑の中を、東西に走る小道がこれからご紹介する、我が新たなる俳諧の道である。この道はその名を「鷹子の山辺の道」と呼び、かの大和の古道「山辺の道」と並び称される伊予の古道なのである。もっともそのことは、近隣の数名しか知らないらしい。

 毎晩のように酒を食らって酩酊し、早々と就眠に着くという規則正しい生活をしていると、とにかく朝が早い。夜の明けるのを待たずに目を覚まし、新しい一日を迎えるにあたって、精神と肉体を鍛えんがために、この山辺の道を修験僧のような顔をして、毎朝俳諧をしている。しかし、とにかくこの暑さである、いつ熱中症で倒れるやも知れない。「ハブやマムシに気をつけろ」という看板も出ている。

 そんな過酷な状況にあっても、この道の周辺には至る所に癒しのスポットがある。そのひとつが、この蓮池である。歩き始めた6月の頃、マンションを出て5分と行かないところに在るこの池では、ここに住み着いた無数のアマガエル(ガマガエル?)と、背後の山やまに落ち着いた鶯たちと、名前も知らない数々の小鳥達とが、互いに声を張り上げて合唱して迎えてくれる。それはまさに自然のコンサートホールなのである。

 半月ほど前から、その蓮池に今度は蓮の花が咲き始めた。

        

 この花は、泥から生え気高く咲く花、まっすぐに大きく広がり水を弾く凛とした葉の姿が、俗世の欲にまみれず清らかに生きることの象徴のようにとらえられ、このイメージは仏教にも継承されている。その仏教では釈尊が蓮華の上で瞑想する絵が描かれ、極楽浄土の象徴とされる。奇しくも、この池のすぐそばに、これからこのシリーズで紹介する極楽寺と浄土寺がならんで建っている。言うまでもなく、極楽寺は伊予十三仏の六番札所、浄土寺は四国八十八ヶ寺の四十九番札所であって、由緒正しい有り難いお寺なのである。



Posted by オイボレブローガー at 10:02│Comments(0)TrackBack(0)

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