2008年08月14日

俳諧物語・鷹子の山辺の道―第三帖「素鵞(そが)神社」

 「五郎兵衛谷古墳群」から数百メートルほど東に行ったところには、地元の人たちが「てんのうさん」と呼ぶ「素鵞神社」がある。天王山古墳の上にあることから、そう呼ばれているらしいが、いわゆる鎮守の森で、長いこと鷹子の人々を見守り続けてきた神社にちがいない。その「てんのうさん」のふもとには、立派な鳥居と碑が立っていて、それをくぐると両側にさつきの生垣を従えたなだらかな石段が、本殿へと導いてくれる。
 
              

 その鳥居と碑の文字は、すぐ近くの日尾八幡宮の神官であった三輪田米山の手によるものである。その米山、江戸末期から明治の人で、神官をしながら書を研究し、その雄大で力強い書が評判を呼び、近隣の数多くの神社に石碑を残した。その書の特徴は型破りともいえる自由な造形と気宇壮大な空間感覚にあるといわれている。書の特徴をそのまま豪放無欲な性格で、いつも酩酊の後に筆をとったらしい。鳥居の左右の柱には「黄龍」「騰天」と刻まれている。黄竜は皇帝の権威を象徴する竜とされたらしいが、それらの文字が、「てんのうさん」と、どう関わっているのか定かではない。

 数日前、眠気まなこをこすりながら、この鳥居の下まできたところで、石段を降りてきたばかりのおばあちゃんに出会った。朝の挨拶を交わした直後に、おばあちゃんは在らぬほうに目をやって、何か呟いている。よく聞いてみると、どうやら階段の上に帽子を忘れてきたらしい。挨拶の相手の帽子を見て思い出しのだ。お参りをして戻ってくるだけなら、「取って来てあげるから、ここで待ってて」と言ったのだろうが、裏山にまわるという心積りを持っていたからか、そ知らぬ顔をして上まで登ってしまった。ところが拝殿の前に来ると、お賽銭箱の横におばあちゃんの帽子らしき物がある。さすがにこれを見てしまっては、放って置くわけにもいかず、帽子をつかんで引き返しかけると、すでにおばあちゃんは階段の途中まで、あえぎながら登ってきている。あわてて駆け下りて帽子を届けると、おばあちゃんは礼を言った後、しきりに自分の老いを嘆いた。

 別れた後、自分の不手際がいらだたしく、不愉快な気分になった。自分の予定を優先させたことへの後悔か?おばあちゃんの代わりに、自分が余分にあの石段を登ることの肉体的苦痛を、回避しただけのことか?自ら進んで朝の散歩をしていながら、何てことだ。それにしても、もう5年若かったらあんな石段、黄龍のごとくに上り下りできたのに。いや、五年前では無理かな?老いとはかなしいね~、おばあちゃん。



Posted by オイボレブローガー at 21:21│Comments(0)TrackBack(0)

この記事へのトラックバックURL

http://irohanioedo.i-yoblog.com/t102750
認証文字を入力してください